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現代思想 2020年3月臨時増刊号 総特集◎フェミニズムの現在 (現代思想3月臨時増刊号)

によって 鈴木涼美

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現代思想 2020年3月臨時増刊号 総特集◎フェミニズムの現在 (現代思想3月臨時増刊号)の詳細

本のタイトル : 現代思想 2020年3月臨時増刊号 総特集◎フェミニズムの現在 (現代思想3月臨時増刊号)
作者 : 鈴木涼美
ISBN-10 : 479171394X
発売日 : 2020/2/18
カテゴリ : 本
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千田「論文」を読んで違和感がある、これは違うと思った方。どうかできる範囲で声を上げていただきたい。青土社への問い合わせでも、学会への問い合わせでも、知人同僚、学生への注意喚起でも、ツイートでも、なんでも構わない。世の中は大変なことになっているが、この「論文」の負のインパクトも一切看過できるものではない。どうか力を貸してほしい。トランス排除をフェミニズムの根幹に持ち込んだ、千田有紀の文章(と認めてよいのか?)がなぜ編集を通って掲載されてしまったのか。トランスジェンダーの人間を犯罪者予備軍と扱うその内容はトランスジェンダーへの暴力以外の何者でもない。内容の醜悪さはネットの誹謗中傷と同質であり、フェミニストを名乗り学会で権威をもつポジションにいる人間がこういうことをやっている分よほどたちが悪い。過去の差別主義と何ら変わることがない。こんなものがフェミニズムでたまるか。こんなものを掲載することが「中立」であってたまるか。日本のバックラッシュはここまで醜悪になってしまったのか。権威主義がフェミニズムにも浸透しここまでの鬼子を生み出してしまったのか。不幸中の幸いにしてこの酷い状況を乗り越える為に必要な論考も、他の方が書いている。(追記)この「論文」が刊行されたしまった事態を鑑み、問われなければならないのは以下の3点。①『現代思想』誌に掲載された文章を学術的な論文として扱ってよいのか。そもそも査読が行われているのか。いないのであれば、その妥当性がいかにして担保されるのか。人文科学であれば、その部分がある意味では信用ベースで進められていたのであろうが、このような事態が起きてしまっては根本的なところから疑わざるを得ない。信用を破壊した者がいるので。②千田有紀が所属する学会の学術的な信用仮に査読のシステムがあったとしても、この人間が理事を務めるような学会ではこの『論文』が査読をパスしてしまう可能性が高い。関係者には色々なしがらみもあるだろうが、学会自体の学術的な妥当性は、客観的にみれば見るほど担保しようがない。③千田有紀を学者と扱ってよいのか。この「論文」にはまずフェミニズム云々という以前に学術的な問題が多く指摘されている。センシティブな話題を扱う際に必要な先行研究が無視され、過去の差別主義や、フェミニストが男性と結託してトランス排除に加担してきた歴史を無視するどころか上塗りにしている。内容自体も端的にトランスジェンダーの尊厳を踏みにじるものであり、それは過去の差別の繰り返し、上塗り、さらなるグロテスクな明文化でもある。ネット上の情報ではあるが、嘔吐などの健康被害を訴えるトランス当事者の発言も散見されている。トランスジェンダー以前に、フェミニズムの理論に排除の論理を持ちこんだ罪も深い。挙げられている論点の解決を差別とセットにしてしまった。それは何より暴力や差別、排除に反対するフェミニズムの根幹を侵すものである。さらに、批判に対する千田の反応も学術どころか人間同士の対話のルールを無視している。「論文」の趣旨がトランス排除の論理として駆動しているという指摘を、虚偽であり、受け取り方がおかしいと喧伝している。挙証責任を批判者に丸投げした上で、である。この辺りの言動が、ハラスメントや人権侵害を働く人間のよくあるパターンに見えるのは、果たして私だけだろうか。(追記②)トランスフォビア自体が男性優位から生み出された側面は看過できない。今日、女性以外のセクシャルマイノリティの含める意義というよりも、男性優位へのバックラッシュに加担する形「フェミニズムは女性だけのものではない」云々の言説が流布するようになってしまった。日本社会における性差別、性暴力の実態を鑑みれば、女性が男性を警戒し、怖い、嫌だと思うことは本来フォビアでもなければミサンドリーなどでもない。こう不当に名付けられること自体が性差別である。女性であるというだけで強固な防衛を強いられる状況で、象徴であれ、もう少し具象的なものであれ、男性を想起させる何かしらに対して心理的に強い反応を示す可能性は大いにある。だが、男性を警戒することがフォビアやミサンドリーと呼ばれてはならないのと同様に、トランスを警戒することがトランスフォビアと繋がってしまってはならない。前者では不当な名付けとして接続されたが、後者では理論的な結合が図られてしまった。この「文章」が学術という体裁を装っている以上、強い批判を避けることはできない。

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